「一命、二運、三風水、四積陰徳、五讀書」は大切だが気にしすぎるのもよくない。

一命 二運 三風水 四積陰徳 五讀書

誰が言ったか知らないが、中国の古い格言です。

一に天命に従って生き、二に地の運勢を知り、三に環境を整え、四に隠れた徳を積み、五に書を読む。
だいたいこういうニュアンスで、これが人生を開いていく生き方だというような意味のようです。

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中国において易経に代表される占いや五行説に基づく風水などの考え方は、人がより良い人生、正しい道を求めて古くから発展してきましたが、それらによって人生を整えることの重要性を説いた格言でしょう。

この言葉にはさらに、六名(姓名)、七相(顔の相)、八敬神(神を敬う)、九交貴人(立派な人と交わる)、十養生(健康維持)

等と続くようですが、正直ここまで徹底してやればそりゃ人生万全でしょという気がします。

さて世の中には縁起をかつぐ人もいれば、まったく気にしないという人がいます。

僕はどちらかと言えば前者のほうで、数年前に家を建てたときは建てた後に風水のことが気になりだして色々と調べては思い悩んだことがあります。
また子供に名前をつけるにあたっても姓名判断の本を何冊も読んで画数を相当気にしました。

雑誌によく載っている星占いも気になるし、墓参りや初詣なども行かないと気持ち悪い。加えて愛読書は月刊「ムー」。

こんな縁起を担ぐ僕のような人間にありがちなのが、占いや風水を気にしすぎるあまり生活がそれらに縛られて窮屈になる、というもの。

占いや風水は本来、人生を豊にするためのものですが、それが逆に生活や人生を縛って苦しむようでは本末転倒だと思います。

たとえば風水では「方位」を最重要視するが、熱心な人はその日出かける方角まで吉方位に従って決めると聞きます。自分の行きたいところよりも方位を重視する生き方はどうなんでしょう。

「一命、二運、三風水、四積陰徳、五讀書」を忠実に守ろうとし過ぎると、姓名判断で名前を決め、四柱推命などで運命を知り、風水に従って住宅や墓をたてたり行先を決め、手相や顔の相を気にしてホクロを取ったりして、毎日神仏に手を合わせる、というようなことになってしまう。

そこまで行くともう人生を豊かにするというよりも、幸せオタクですね。

大事であり優先すべきは自分の気持ちであり、楽しみながら参考までに取り入れるくらいがちょうどいい。

大切なのは自分で納得して、気持ちよく生きられるか。縁起をかつぎながらも自然体で生きて行きたいものです。

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