久しぶりにヘビを見た~ヘビに対する相反する評価と感情

昨日、久しぶりに蛇を見ました。

よそ見しながら道を歩いているとなにやら目の前の地面をにょろにょろと横切るものが…。よく見ると蛇でギョッとしていると茂みの中に入っていきました。

都会ではあまり見かける機会がないかもしれませんが、田舎や自然の多いところでは時々みかけます。

世の中には蛇などの爬虫類が好きな人もいますが、「蛇蝎のごとく恐れる」という言葉もある通り、大部分の人は苦手というか「怖い」「気持ち悪い」と感じると思います。

蛇は古来よりあらゆるものの象徴とされています。

キリスト教に根ざしたヨーロッパ世界では悪魔の象徴と嫌悪され恐れられる一方、インド神話のナーガをはじめ世界中で蛇は信仰の対象となっていたり、神の象徴として扱われていたりもします。

「恐怖」と「敬い」。人はなぜなぜ蛇に対してこうした相反した感情をもつのでしょうか。

ヒトの蛇に対する嫌悪・恐怖というのは、生理的、根源的なものであると思います。

生物の「自然淘汰説」に拠れば、蛇に対して恐怖を抱き、蛇を避ける個体が環境に順応して生き残って進化してきたという仮説を立てることができます。

恐怖というのは自分にとって有害だったり危険だったりするものに対して起こる感情であり、確かに蛇は毒を持っている種も多く、それを避ける習性を持つことが太古の環境においては生存に有利だったと想像できます。

毒を持つ可能性のある蛇を怖いと思う気持ちは本能的な防衛反応なのかもしれません。

それではなぜそのような人間にとって避けるべき蛇が、一方では信仰の対象として敬われているのか。これは大きな謎です。

中国の神話で人類の祖とされる伏義と女禍は蛇身人首、つまり蛇のような体だったと伝わっていますし、蛇に似通った特徴を持つ想像上の生物である「龍」も東洋世界では信仰の対象となっています。他にも蛇を神の化身あるいはシンボルとするモチーフは枚挙に暇がありません。

人類史上、他にこれほど相反した文化的扱われ方をされている動物はいません。

これは完全にオカルトに毒された僕の考えですが、古代における一定の地域で信仰の対象となっていた神の姿は、実際に蛇あるいは爬虫類に似通っていたのではないでしょうか。

古代宇宙飛行士説レプティリアン(ヒト型爬虫類)などの現生人類以外の者の古代文明への介入を唱える説もあり、古代において神として崇められたそれら指導者たちの一部は蛇のような見た目をしていたのではないか。

そしてそれら指導者たちの対立、爬虫類型と人間型の神々の間での争いが勃発し、それが現代にまで「蛇」への相反した感情と評価に繫がっているのではないか。

一方では悪の化身として恐れ忌み嫌われ、もう一方の勢力においては神あるいはその化身として敬われる。

僕がオカルト脳だからかもしれませんが、こう考えると実にしっくりきます。

スポンサーリンク
adsense
adsense
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
adsense

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です