生きながら霊界と行き来したと思われる歴史上の人物たち

霊能力者と呼ばれる人は(真実かどうかはともかく)世間に多く存在しますが、その多くは霊視、霊媒など何らかの特殊な能力によって不可思議な現象を起こしたり、人々に影響を与えたりすることができます。

しかし歴史上には、自らが生きながらにして死後の世界すなわち霊界と行き来し、またはその霊界の様子を記録した人たちが存在します。

この世とあの世、現世と霊界の間を行き来していたと思われるそれらの人物たちについて紹介していきます。

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ダンテ・アリギエーリ

14世紀のイタリアの詩人ダンテ・アリギエーリによって執筆された長編叙事詩「神曲」は、地獄篇、煉獄篇、天国篇の三部から成り、その内容はダンテ自身が古代ローマの詩人ウェルギリウスに導かれて地獄、煉獄、天国を遍歴するというもの。

「神曲」は西洋において世界を代表する古典文学の最高傑作として評価されていますが、死後の世界について詳細に記した著書としても貴重です。

「神曲」は叙事詩として発表された芸術作品つまり創作ではありますが、まるで地獄を見てきたかのようなリアルで躍動感のある描写は、ダンテのなんらかの神秘体験が元になっている可能性が高いと思われます。

エマヌエル・スヴェーデンボリ

エマヌエル・スヴェーデンボリは17~18世紀のスウェーデン王国の科学者、神学者。

ヨーロッパ有数の学者として業績を残し評価される一方、自らの霊的体験を元に神秘主義的な著作物を多数遺したことでも知られています。

「天界と地獄」「霊界日記」等、それらの著書には彼が実際に霊界で体験し見聞きしたとされることが記されています。

小野篁(おののたかむら)

小野篁は9世紀平安時代の公家で、その優れた文才と政務能力から要職を歴任した人物です。

彼には多くの逸話が残されており、「昼は朝廷で天皇に仕え、夜は冥界にて閻魔大王の補佐をしていた」という伝説もその一つです。

京都市東山区にある六道珍皇寺には、「冥土通いの井戸」と呼ばれる小野篁が冥界への往路に利用したと伝えられる井戸が残されています。

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出口王仁三郎

出口王仁三郎(1871年~1948年)は新宗教「大本」の二大教祖の一人です。

王仁三郎は非常にスケールの大きな人物であったらしく、当時階層を問わず多くの人々を惹き付け、大本は戦前の日本有数の宗教団体へと急成長しました。しかしその後政府の弾圧を受けて壊滅的な被害を受けながらも現在まで活動しています。

大本の二大教典の一つである「霊界物語」は、王仁三郎がトランス状態の時に発した言葉を口述筆記したもの。王仁三郎は霊界と深い繫がりを持って、自在に行き来していたのかもしれません。

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