ようやく応仁の乱が注目を浴びる時代が来たか

応仁の乱が注目を集めているらしい。

中公新書「応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱」(著者呉座勇一)がその火付け役となったようだ。

以前の記事でも紹介したが、僕は小学生の頃に大河ドラマ「花の乱」にどっぷりとハマって以来、応仁の乱とこの時代が大好きである。

至高の大河ドラマは「花の乱」である。異論は認めない。

戦国時代の幕開けとして名前だけは有名なこの戦乱は、知名度のわりにその詳しい内容に関しては一般にほとんど知られていなかった。
応仁の乱ってどんな戦乱だったの?と問われて、明確に返答できる人はほとんどいなかっただろう。

たとえば、関が原の戦いなどは小学生でも明確にその内容を答えられるだろうが、応仁の乱についてはその乱を契機に戦国時代に突入したということが知られているだけで、詳細を語れる人は少ない。

みんながなんとなく疑問に思っていて、無意識的にもやもやしていたところへ、手に取りやすい新書として纏めた「応仁の乱」が登場してヒットしたのだろう。

20年来の応仁ファンである僕に言わせれば、ようやく世間が応仁の乱に興味を持ち始めたか、といった感じである。

この乱そしてこの時代の魅力を一言で表すならば、それはカオス(混沌)である。

誰と誰が味方で、誰と誰が敵なのか。どの勢力が敵対または結託しているのか。権力や実権を握っているのは誰なのか。

俯瞰して全体を眺めてみてもよくわからず、非常に複雑怪奇でカオティックに見える。

東軍西軍という二つの勢力が争う構図はわかりやすいが、敵味方や総大将が入れ替わったりと混沌を極め、戦乱は長期化した。

将軍家の後継争いに諸大名の後継、領土問題が複雑に絡み合い、あらゆる大義、あらゆる利害が対立し、ただただ戦乱を長引かせて京の都を灰燼と帰しただけで、結局だれが勝者なのかも曖昧である。覇者なき戦乱とでもいえばよいか。

よく時代劇の題材とされるような構図の比較的わかりやすい戦乱と違い、一般的な感覚で見ると“なんでそうなるの?”と首を傾げたくなる部分が多いが、人間の欲や名誉、利害など様々なものが絡み合う戦争というものは、もともと一般的な感覚からはかけ離れた複雑怪奇で理解しがたいものなのかもしれない。

そんなカオス具合こそが、この時代、この乱の魅力なのではないだろうか。

ちなみに僕の好きな人物は、足利幕府の将軍の職にありながら、後年は政治や戦乱から目を背けて庭造りに没頭した足利義政と、この混沌とした乱の中で足軽大将として活躍した骨川道賢である。

この二人の対比に焦点を当てた物語を作れば面白いのではないかと思う。たぶん誰も作らないだろうから、いつかそんな物語を自分で書いてみたい。(たぶん書かないだろうが)

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