「中国最凶の呪い 蠱毒」とても興味深く読めました。名文紹介あり

呪術というとたいていの人は暗く怪しげな儀式や呪文を思い浮かべることだろう。
藁人形で有名な丑の刻参りや密教風の護摩祈祷をイメージする人もいるかもしれない。

さてこの蠱毒という呪術も日本ではわりと有名な部類に入るのではないだろうか。

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一般に知られている蠱毒の術式の概要は、百匹の毒虫を壺などの狭い容器の中に閉じ込めて互いに食い合いをさせて、最後に残った一匹を神として祀って呪いに使用するというもの。

暗く狭い容器の中で蠢く毒虫の恐ろしいイメージがつきまとう呪術である。

暗く恐ろしいものを覗いてみたいという人の潜在的な欲求からなのか、以前から蠱毒に対して興味を持っていたところに、この本の発刊を知ったので購入してみた。

「中国最凶の呪い 蠱毒」村上文崇 彩図社

オカルティックなタイトルの響きから、よくある得体の知れない呪術師まがいの人が書いた本かと思ったら、著者は東大卒業後に中国で医師免許を取得した臨床経験も豊富な漢方医である村上文崇氏である。

内容もオカルト本のような根拠の曖昧なものではなく、学術的価値の高い中国の歴史書や医学書の記述を中心として中国史における蠱の痕跡をたどると共に、著者の専門家としての経験や見聞を交えたものであり、「蠱毒」について詳細な歴史や現代中国におけるその位置について正確な知識が得られる、日本でおそらく唯一の本だと思う。

特に現代の中国において人々がどのように蠱毒を捉えているのか、そしてどのような形でいまだに中国社会に深く根付いているのかという部分に関しては、文献からの知識だけでは得られない、蠱毒に興味を持ちながら中国で長く漢方医として生活してきた著者ならではのものであり、とても興味深い。

「蠱毒」はイメージ通り恐ろしい呪術ではあるのだが、とても多様で複雑なものであることが本書を読んで理解できた。

蠱毒に学術的・民俗学的好奇心を持っている人、ちょっと怖いもの見たさで呪術の世界を覗いてみたい人。一読の価値がある本である。

最後に個人的に深く共感した一節を紹介したい。

 私は効果のある呪術を科学的に検討すれば、多くの場合、しかるべき説明がつくものであると考えている。
ただし医学的に、または科学的に説明が可能であっても、呪術は呪術である。なぜなら呪術には神秘的な儀式や人間の情念、恐怖心などが必須の成分として付着しているからだ。
それらを洗い流してしまう科学的な説明は呪術を完全には説明しきれない。
そもそも呪術は科学と矛盾するものではない。呪術は科学の領域の中にありながら、科学の領域の外にも広がりをもつ人間の営みのひとつなのである。

「中国最凶の呪い 蠱毒」より

人は未知の物に対して異常に恐怖を抱く性質を持っている。
医学の未発達だった昔は、原因不明の症状や死に対して無理矢理にでも因果関係を説明付けたかったのかもしれない。

それが呪いや呪術、時として妖怪などとして発展していったのではないかと基本的には僕も考えている。

ただしそれだけではない。
いまだに医学的・科学的に明確な説明がつかない症状、現象は数多いはずである。
そこには科学の論理では測りきれない何かがきっとあって、特定の能力者や特定の術式によってもたらされる現象があってもおかしくはない。

昔の人は科学的検証からではなく、経験則的あるいは直観的にそれを知って呪術として利用していたのかもしれないと思う。

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