「正気の歌」~詠み継がれる文天祥の忠節~

「正気の歌」は、中国南宋末期の忠臣である文天祥の詠んだ有名な詩です。 南宋は元(モンゴル)に滅ぼされてしまいますが、文天祥は捕えられて降伏を促されても最後まで忠節を守りとおし、獄中で死亡したそうです。 獄中で読んだとされる「正気の歌」は、曲がることのない鉄のような忠節を詠んだ詩として中国や、日本でも詠み継がれました。 4055-1[1]

天地に正気有り 雑然として流形を賦く 下りては則ち河嶽と為り 上りては則ち日星と為る 人に於ては浩然と曰い 沛乎として蒼冥に塞つ 皇路清夷なるに当たりては 和を含みて明廷に吐く 時窮すれば節乃ち見れ 一一丹青に垂る

(以下略)   けっこう長いので冒頭部分のみ紹介しましたが、詩全体の内容は、 天地には正気(万物の正しい気の流れ)が満ちており、あらゆる物事の根本である。 時代の節目節目にはそれが現れて歴史に残っている。 国は失われて私は捕らわれの身となり、死を望んでも得られず牢獄にあるが、正気があるため病魔は私に近寄らない。 といった内容です。

東洋で重んじられる儒教的「忠節」

中国史や日本史では、文天祥のような主君に対して忠節を守り通した臣下という人物像は民衆に非常に人気があり、物語化されて語り継がれる傾向にあります。 三国志(演義)でも、関羽千里行や出師の表など忠義溢れる場面はひとつの見せ場ですし、日本でいえば忠臣蔵や白虎隊などが有名です。 この傾向は東洋、特に漢字文化圏で顕著であるように思います。   西洋史は詳しくはありませんが、あまり忠節物語などを聞きませんし、もっと個人の実利・実益を重視した考え方がスタンダードなのではないかと思います。(勝手な憶測ですが) 漢字文化圏でこの「忠節」が重んじられるのは、おそらく孔子を始祖とする儒教の影響でしょう。 儒教では、仁・義・礼・智・信を重んじ、父子や君臣の関係を何より重視します。 この考え方は現代日本の文化にも無意識に根付いていると思います。 古い体質の残るヤクザの世界では盃によって結ぶ父子関係や兄弟関係を何より重視しますが、これなどは儒教の教えの最たるものでしょう。 この「正気の歌」は、そんな漢字文化圏に根付く「忠節」が最もよく顕れた詩で、その後の各国の文化にも大きな影響を与えました。 2chの某オカルト系スレによれば、この詩はその気概から、妖怪退治やお祓い的なものにも用いられることがあるとかないとか・・・。

スポンサーリンク
adsense
adsense
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
adsense

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です