「悪党の色気と美学」~弁天小僧の名口上から~

24stageKabuki[1]

知らざあ言って 聞かせやしょう

浜の真砂(まさご)と五右衛門が

歌に残せし盗人(ぬすっと)の

種は尽きねぇ七里ヶ浜

その白浪の夜働き

以前を言やぁ江の島で

年季勤めの児ヶ淵(ちごがふち)

江戸の百味講(ひゃくみ)の 蒔銭を

当てに小皿の一文字(いちもんこ)

百が二百と賽銭の

くすね銭せぇ だんだんに

悪事はのぼる 上の宮(かみのみや)

岩本院で 講中の

枕捜しも 度重なり

お手長講と 札付きに

とうとう島を 追い出され

それから若衆の美人局(つつもたせ)

ここやかしこの寺島で

小耳に聞いた祖父(じい)さんの

似ぬ声色で小ゆすりかたり

名せぇ由縁(ゆかり)の 弁天小僧

菊之助たぁ俺がことだ

歌舞伎青砥稿花紅彩画』(あおとぞうし はなの にしきえ)から

浜松屋の場での弁天の見顕し

歌舞伎の演目の中でも昔から人気のある青砥稿花紅彩画』(あおとぞうし はなの にしきえ)(1862年初演)の弁天小僧の有名な口上。

これは、江戸時代に実在した盗賊たちを題材にしたもので、俗に白波物(白波=盗賊の意)といわれる歌舞伎演目です。

任侠モノや悪党モノに人々が魅了されるのは今も昔も同じのようですね。

弁天小僧が昔から人々に人気なのは、女の着物を羽織った弁天小僧の眉目秀麗な妖艶さと、その実、中身は筋金入りの悪党であるという「ギャップ」にあるのではないかと思います。

ワルの色気とでもいいましょうか。そういったものがムンムンと漂っている雰囲気が当時から大衆の支持を集めた秘密であったのではないかと思います。

この有名な口上の内容は、弁天小僧が自身の身の上を語っている内容で、

寺に稚児として勤めていた弁天小僧が、博打や盗みで寺を追い出されて悪事に手を染めていく様子を述べています。

現代風に訳せば、

「オレのことしらねえってのか。オレはなあ、・・・。」という感じの、悪党の自分語りのようなものでしょうか。

現代風に考えれば少々ウザい感じもしますが、そこは粋(いき)であることを何よりも重視した江戸の町衆と歌舞伎の美学です。

おそらく日本独特の戦の作法である「名乗り」にも通じるところがあると思います。

そこに弁天小僧の艶(あで)な装いと、粋な語り口が加わって、人々を魅了する名場面になっています。

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