現代社会にこそ響く「老子」の教え~その②~

老子の言葉は2500年の昔から人々に読み継がれてきました。

長きにわたって人々を引き付ける「魅力」はどこにあるのでしょうか?

社会通念に対するアンチテーゼ

上善(じょうぜん)は水の如し。水善(よ)く萬物を利して争わず。

衆人の惡(にく)む所に居る。故に道に幾(ちか)し。

「老子道徳経」易性第八より

~最上の善とは、水のようなものである。水は万物に対して利益を与えながらも、あらゆる形の器に収まるように、争うということがない。多くに人が嫌がる低い場所にその身を置く。だからこそ水は道に近い存在だといえる。~

上善如水はおしい日本酒の銘柄の名前にもなっています。また昨年の大河ドラマ「軍師官兵衛」の黒田官兵衛が隠居後に名乗った「黒田如水」も老子のこの言葉からきているそうです。

人は現状よりもより良い生活を望み、より出世しようと望むのが世の常ですが、より高みを目指すために、人を貶めたり、恨みや嫉妬を買ってしまうことが多々あります。

反対に、水は周囲に利益を与えながらも、高みを目指すのではなく、常に低いところを目指します。そして丸い器にも四角い器にも収まり、周囲と争いません。

そんな水のような生き方こそが、老子の説く「道」に近い生き方だとしています。

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大道廃れて仁義有り。智恵出でて大偽有り。

六親和せずして孝慈(こうじ)有り。国家昏乱して忠臣有り。

「老子道徳経」俗薄第十八より

~大道が廃れたために仁義というものが説かれるようになった。智恵のある者が出てきたので、大きな偽りが行われるようになった。親族の間柄が不和になったために、親孝行者が目立つようになった。国家が混乱してきたために、忠臣というものが浮かび上がってきた。~

「仁義」(他者に対する愛情や義理)や「知恵」というものは、一般的には尊ばれるべき徳とされていますが、老子はこれらの徳に対して否定的です。

それらは無為自然たる本来の道が廃れたために、あえて声高に叫ばれるようになったものに過ぎないとしています。

高みを目指さず、水のように低きへ流れる。

知恵は偽りのもとである。

現代資本主義社会の常識とは対照的ですし、おそらく老子の生きた当時の社会にとっても一般的な通念ではなかったでしょう。

しかし老子の教えは様々な比喩を用いて論理的で理にかなったもので、人を納得させる力があります。

「老子」の魅力の一つは、こういった論理的思考を用いた社会通念への逆説にあるように思います。

世間一般での、または自分自身のなかでの常識を覆されるときの驚きと喜び。

それが気の遠くなるほどの年月に渡って「老子」が読み継がれてきたひとつの理由なのかもしれません。

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