「武者の本分とは」大河ドラマ”花の乱”より

大河ドラマの”花の乱”(1994年)より名セリフを紹介します。

戦国の世の口火を切り、京の地を灰燼に帰した応仁の乱
将軍家や守護大名の家督相続が複雑に絡み合う中、将軍正室であり西軍方に通じている日野富子と、管領であり東軍の総大将である細川勝元は激しく対立します。

戦乱の火の粉が飛び交う御所の中で、二人が武者の本分について言い争う一幕より。

「武者の本分とは」大河ドラマ”花の乱”より

日野富子

そもそも武者たるもの、自ら魔除けの鬼となって鬼と戦い、生ける破魔弓と称せられるは何の故か。
それこそ己が主に災いを及ぼすものを退け、死を賭して主を守る。
ただそれだけが武芸の家に生まれたる者の務めではないのか。

西軍の山名宗全に通じている日野富子は、東軍総大将の細川勝元に対して「自己のために将軍や天皇を利用している」とし、武者の本分に背いていると激しく非難。それに対して細川勝元は反論する。

細川勝元

それがしの思う武者の本分とは、ただ死ぬこと。
勝敗の行方など眼中に置かず、たとえ負けると分かっている場合でも、命を花になぞらえて、死に花をさせたいと物狂いして死んでいく。
それが武者というものにござる。
生きながら死を選ぶ者の前には、主も無用、大義も無用。
ただ、孤高に耐えうる己であれかし、と念じる己があるだけにございます。

応仁の乱が起きた15世紀半ばは、まだ武士道という言葉も無かった時代。
ただ将軍を頂点とした封建体制は確立されていたと思いますが、このセリフはいわゆる「御恩と奉公」という主従の関係を超越し、一個の武者としての生き方、本懐を表した名セリフです。

三田佳子と野村萬斎の演技が光ってます。野村萬斎氏の狂言掛かった低い声はシビれます。

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